経産省の次官・若手プロジェクト:不安な個人、立ちすくむ国家  勝手に短縮版

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不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~

平成29年5月 次官・若手プロジェクト

不安な個人、立ちすくむ国家 ~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~PDFファイルへのリンク

 




 

経産省の次官・若手プロジェクト、素晴らしい内容ですがあまりにも熱心で長いので短くしてみました。

※まとめ方はスライド毎のタイトル・テーマ、それよりもより具体的な文章がる場合はその文を(主観で)入れました。スライド順になっていますので詳しく見たい場合はPDFから探しやすいと思います。ブラウザの検索を使ってPDFから見つけることも簡単です。経産省の若く優秀な方々がどういうまとめをされたのか、見てください。本質を突いていますよね。大いに期待です。

 

次官・若手プロジェクトとは:省内公募。20代、30代の若手30人 東京大学との意見交換会 松岡正剛氏ほか有識者との意見交換会

グローバル・メガトレンドと今回の議論のスコープ:「国家」の今後の在り方を議論する上で捉えるべき、世界の大きな潮流変化

 

 ・・・・ここから本題のようです。

1.液状化する社会と不安な個人

  • 漠然とした不安や不満・・・:「弱くてかわいそうな」個人だけでなく、誰もが不安や不満を抱えている
  • かつて、人生には目指すべきモデルがあり、自然と人生設計ができていた。我々は、再び「権威」や「型」に頼って不安・不満を解消するのではなく、「自由の中にも秩序があり、個人が安心して挑戦できる新たな社会システム」を創るための努力をはじめなければならないのではないか。
  • 液状化する社会 ~「権威への回帰」か「秩序ある自由」か~

2.政府は個人の人生の選択を支えられているか?

(1)個人の選択をゆがめている我が国の社会システム

 ①居場所のない定年後
 ②望んだものと違う人生の終末
 ③母子家庭の貧困
 ④非正規雇用・教育格差と貧困の連鎖
 ⑤活躍の場がない若者

  • なぜ日本は、大きな発想の転換や思い切った選択ができないままなのだろうか。
  • 今の社会システムは、高度経済成長まっただ中の1960年代の日本社会を前提につくられたもの。 ○「結婚して、出産して、添い遂げる」という生き方をする人  ・・・1950年代生まれ:81%、1980年代生まれ:58%
  • 「昭和の人生すごろく」のイメージ ‘50年代生まれ→’80年代生まれ
  • 今後は、人生100年、二毛作三毛作が当たり前。 にも関わらず、「昭和の標準モデル」を前提に作られた制度とそれを当然と思いがちな価値観が絡み合い、変革が進まない。
  • ・・・手厚い年金や医療も、必ずしも高齢者を幸せにしていない ・・・社会のひずみの縮図のような弱者が生まれている 若者の社会貢献意識は高いのに、活躍できていない
  • にもかかわらず、60歳半ばで社会とのつながりが急速に失われる暮らし。
  • 日本の健康寿命は世界一。健康に過ごせる老後は、どんどん伸びている
  • 65歳以上でも働く意欲のある人は6割以上
  • 実際は、高齢者が働く場はなく、社会的な活動もしていない。 ・・・では何をしているのか?
  • 定年退職を境に、日がなテレビを見て過ごしている。
  • 家族や仕事のある高齢者は十分に生き甲斐を感じているが、1人暮らしや仕事なしでは生き甲斐を感じにくい。
  • 健康で長生きしたあとで人生最後の一ヶ月に、莫大な費用をかけてありとあらゆる延命治療が行われる現在。
  • 現状、病院以外で最期を迎えるという選択肢はほとんどない
  • 国民医療費の約2割が80歳以上の医療費であり、その多くを入院費用が占めている。
  • 米国では、本人の意向を踏まえたケア提供により病院で亡くなる人が減少
  • フランスでは、医療現場と国民が医療の限界を受け入れ、終末期の選択肢が拡大
  • 高齢化が進む中、こうした考え方のまま際限なく医療・介護・年金等にどんどん富をつぎ込むことに、日本の社会はいつまで耐えられるのだろうか。
  • その一方で、子ども・若者の貧困を食い止め、連鎖を防ぐための政府の努力は十分か。
  • 日本の母子世帯の貧困率は世界でも突出して高い
  • 母子世帯は高齢世帯に比べセイフティネットの恩恵を受けていない
  • 貧困が連鎖・固定化する構造
  • 現役世代に極端に冷たい社会 日本は、少子高齢化の影響を考慮したとしても 高齢者向け支出に比べて現役世代向け支出が低い
  • 母子世帯の貧困は社会のひずみの縮図であり、対症療法的な金銭給付だけが解決策ではない
  • 日本の若者は貢献意識が高いが、社会を変えられると思えていない
  • その結果、若者は社会貢献を諦め自分中心になっている可能性も
  • 例えば、大学においても若手研究者の活躍の場は急速に失われている
  • 「未来の日本の豊かさを支える子供たちだけは、社会全体で投資し、何としても支える。」 「年齢にかかわらず、それぞれのやり方で社会に貢献する。」




 

(2)多様な人生にあてはまる共通目標を示すことができない政府

  • みんなに共感してもらえる「共通の目標」を政府が示すことは難しくなっている。
  • 一人当たりGDPが伸びても、かつてのように個人は幸せにならない
  • 一人当たりGDPが幸福度に与える影響は世界的に低下している可能性
  • 「つながり」や「健康寿命」も幸福の重要な要素
  • 気づいた一部の国では、個人の幸福感や満足度をつぶさに観測しながら、個人の選択を支え、不安を軽減するための柔軟な制度設計にリーダーシップを発揮しはじめているのではないか。

(3)自分で選択しているつもりが誰かに操作されている?

  • インターネットの普及により、情報の流れが「権威から個人へ」ではなく双方向、多方向に。
  • 既存メディアに対する信頼は低下し、ソーシャルメディアが信頼される傾向
  • インターネットは情報流通を圧倒的に増やしたが、情報の自己増殖により不安をあおられやすい面も
  • 自分で情報を選び、自分で決断しているつもりが・・・ 実際には与えられた情報に踊らされている?
  • 我々はそれに対して何ができるのか考える時期に来ているのではないか。

3.我々はどうすれば良いか

  • 過去の仕組みに引きずられた既得権や固定観念が改革を阻んでいる。「シルバー民主主義」を背景に大胆な改革は困難と思い込み、誰もが本質的な課題から逃げているのではないか。
  • 古い価値観と固着化した輝かしき制度の束をどう変えていくか
  • 従来の延長線上で個別制度を少しずつ手直しするのではなく、今こそ、社会の仕組みを新しい価値観に基づいて抜本的に組み替える時期に来ているのではないか。 個人の帰属・つながりを回復し、不確実でも明るい未来を実現する。
  • 価値観が変われば、制度も変わり、世の中は変化しうる(「胃ろう」の例)
  • 時代遅れの制度を変える様々な抜本的提案は既に出てきている。 これからは具体策を決断し、それを実現する段階。
  • 一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ
  • 年齢に縛られない社会保障を通じ多様で複線的な社会参画を促すことで、持続可能な新たな社会モデルを築くことができるのではないか
  • 子どもや教育への投資を財政における最優先課題に
  • 優先順位を逆転し、子どもへのケアや教育を社会に対する投資と捉え、真っ先に必要な予算を確保するよう、財政のあり方を抜本的に見直すべきではないか。
  • 少子化であればこそ、子供の教育にもっと投資を  発想を転換し、子どもを大人が支えると考えれば、子どもを支える大人は増加
  • 変化が激しい時代を生き抜く個人を支える 子どもへのケアや教育の充実により不確実でも明るい未来をつくる
  • 官業が肥大し財政負担が増え続けるとともに、「公」についての個人や地域の多様なニーズに応えられなくなっている。
  • 意欲と能力ある個人が「公」の担い手に
  • サイバー空間でも、様々な主体が情報の「質」を確保するための取組を始めている

最後に

2025年には、団塊の世代の大半が75歳を超えている。
それまでに高齢者が支えられる側から支える側へと
転換するような社会を作り上げる必要がある。
そこから逆算すると、この数年が勝負。

これを解決していくのが日本に課せられた歴史的使命であり
挑戦しがいのある課題ではないか。




 

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