四尺玉で有名な片貝はなぜあの特徴も無い場所で大きな町になりえたのか?

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世界一、四尺玉を打ち上げるので有名な片貝祭り。

何故あそこに町が出来たのか不思議でしたが地図を見るにつれ

柏崎から長岡や小千谷に行くのにおそらく最も通り易い場所だったんですね。

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柏崎・小国間の八石山や小千谷・小国間にそびえる開田山脈は結構急峻。そこに通した峠、地元の方は通るでしょうがそうではない人はもっと海抜の低く越えやすい峠を選ぶでしょう。

その為、柏崎からは八石山系を避け広田峠・塚山峠を越え、次の開田山脈越えは荒瀬や不動沢付近からもっとも低い峠を越えたところが片貝だったという事だと思います。

広田→塚山→東谷・不動沢→片貝 のルートがもっとも低い峠越えルートなのです。

片貝まで出て小千谷・魚沼・関東方面へ行く道、反対側は越後平野方面、長岡や与板・新潟方面へ行く道、片貝から信濃川に出て少し行くと浦という集落も有り船もあったものと思われます。(魚沼方面はどこまで行けたのかわかりませんが)

地図をどうぞ (地理院地図を利用させていただきました)

map

昔の街道は平地(湿地帯)を避け山の中を走っていました。

戊辰戦争の時、西軍(官軍)はこれらの峠に分散して長岡を目指したようです。

 

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