戊辰戦争について
戊辰戦争伝承館は長岡北部の戦闘について詳しい。
市の紹介ページはこちら「北越戊辰戦争伝承館」
この地域は新組と呼ばれています。似たような名前で上組という地域が長岡市内に有ります。
本陣が置かれた光福寺がその上組に有ります。
伝承館の住所は
〒940-0895 新潟県長岡市大黒町39−2
長岡市北越戊辰戦争伝承館
地図は以下。
この建物が建つ前から地元の人達は供養塔を建てたりしていたようです。
それだけ地元の人達に記憶された戦争です。
(記憶どころか今でも田畑から鉄砲の弾が見つかったりするそうです。)
以下、写真を撮りましたので紹介します。
●これが外観です。大黒公園になっていて芝生が美しいです。駐車場は2カ所です。
●1階、戊辰戦争だけにこだわらず新組地域の歴史等が紹介されています。
●八丁沖で使われていた舟や魚を捕まえる道具などの展示
●2階は戊辰戦争の展示、地域の立体地図、ボタンを押すとその地点の示し、解説してくれます。
●実際に使われた兵器や銃弾等も展示されています。ここで戦争があった事がわかります。
●2階のバルコニーから八丁沖(地元では八町潟という)が有った方向を見ることができます。いまは全て水田になりました。
●建物の周辺 地元で建てたと思われる戦死供養塔等が有る。
●古戦場碑(長岡市)「付近の村々は焼かれたが人々はその勇戦を讃え、碑を建てた。」とある。
●他にもあります、向こう側の大きな碑は「戊申戦跡記念碑」山本五十六書とあります。
山本家は長岡藩の家老の家です(五十六は高野姓だったが名家を再興する為に養子となり山本姓を継いだ)
●伝承館のすぐ裏にある、長谷川泰の銅像
長谷川泰(Wikipedia):幕末期の越後長岡藩軍医、「済生学舎」(日本医科大学の前身)創立者、内務省衛生局長、衆議院議員。・・・北里柴三郎のために大日本私立衛生会付属伝染病研究所設立の演説を度々行って実現させたり・・・長谷川泰は河井に3人扶持で雇われた軍医であり、特に山県は松下村塾での親友時山直八をこの戦いで失っており、泰に嫌悪感を久しく持っていた。・・・
【長谷川泰先生と新組地区】:新潟県長岡市新組地区を拠点とする「長谷川泰を語る会」の活動記録です。御当地伝記傑作マンガ「長谷川泰ものがたり」も完成させている。
●近隣の史蹟: 隣りの福井町の西照寺の隅、道路に面した史蹟。会津の猛将佐川官兵衛がここを宿舎としていたらしい。
●このほか広大な八丁沖の跡地が何よりも迫力あります。
上記は八丁沖を渡るウォークイベントのもよう。(なんと実際に行軍を体験できる)
湿地では無くなりましたが、空間はそのまま残っています。
どうぞそのスケールも感じてください。