地域の物語って意外なほどいっぱいありますが、それに「気づかない、気づいても驚かない・興味がない」

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そういう事のようです。

やっぱり地域に興味が無ければ、何も面白いことはない。

もみじがキレイな公園、長岡市越路地域の「巴ヶ丘もみじ園」とその周辺を探索してみます。

 

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ベース地図: 国土地理院、地理院地図

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1、もみじ園: 神谷集落高橋家の別荘、19世紀末の大水害を経て村人の避難所も兼ねて造られたという話もある。英国の研究家ウエッブ夫妻(社会政策調査:英国労働党にも関係)も日本の尋ねた歴史的な山荘である。

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2、越後最古の桜: もみじ園を作った高橋家はソメイヨシノやチューリップを始めて越後に持ち込んで神谷集落や別荘で栽培テストを行った。この成功で悠久山のオメイヨシノの植樹が出来たと言われている。最近の大雪で大きな枝が折れ、伐採された。

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3、十楽寺用水:渋海川の上流、岩田と十楽寺の間の渋海川に堰を作り、東側はこうやって朝日・来迎寺・そして片貝の手前まで流れている。

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下記は西側の用水、長岡の大島付近までの田畑を潤している。巨大な越後平野の最も上流、長野県境から流れてくる越後3位の長さの渋海川は春まで雪解け水が豊富。とにかく大事な用水路が越路から長岡に張り巡らされています。

 

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4、信越線引き込み線: 朝日酒造の敷地へ向かう信越本線引き込み線の跡。

旧越路町には来迎寺駅:朝日酒造、越後岩塚駅:岩塚製菓、塚山駅:ヨネックス というふうに主な企業は鉄道輸送と密接に繋がって発展をしてきたように見えます。

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5、松籟閣、朝日酒造:松籟閣は朝日酒造社長の自宅でした。今では文化財として様々に使われています。最近、もみじ園との連絡通路が出来ました。

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6、朝日神社湧き水「宝水」:中越地震時に地域の飲料水を供給した名水。

7、越路体育館と駐車場:体育館は国民歌手越路出身の三波春夫がその膨大な数の舞台の最後、そのコンサートを開催した会場です。かなり体が弱られていましたが故郷で歌たいという願いをかなえました。駐車場の桜は長岡市の中でも名所となっています。

8、朝日もみじ園:来迎寺というお寺の有った場所だそうです。周辺にもみじ他植樹され、新しいもみじ園になりそうです。

9、巴ヶ丘自然公園:蛍が群生する公園です。

10、百塚:丸い土盛りの「塚」がいっぱい並んでいたいた地域です。何かの境界だったのでしょうか。一部がそのまま残されています。

11、十楽寺用水が登る村:遥々流れてきた用水はまるで遡っているかのように片貝の手前まで流れ平野部に向かいます。村中を流れている用水の側道はキレイに整備されました。

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12、魚沼線の古い路線:来迎寺駅前の町中に一番古い魚沼線の線路跡が有ります。ここがその昔は魚沼への玄関口だったのです。様々なな物語が有ったでしょう。・・・細い道が線路跡。

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13、来迎寺駅、魚沼線ホーム、越後交通長岡線ホーム

その後、信越線に魚沼線は繋がります。現在の来迎寺駅に残る魚沼線ホーム跡

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越後交通長岡線ホーム、長岡市大島まで繋がっていました。今残っていれば、技術科学大学、新産業センター、向陵高校、希望ヶ丘団地等の近くを通り重宝されたと思います。

 

 

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14、越後交通長岡線鉄橋:まだ路線は残っています。電車走らないかなあ^^

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 と、いうことで、もみじ園と朝日酒造が有るだけの地域だと思っていた地域が実に多彩な顔を持っていたのが見えたと思います。

ここだけでなく、多くの地域はこういう埋もれた歴史が積み重なっています。

いろいろ地域づくりに使えると思います。

 

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