米百俵は越後長岡の故事だが既に人類のもの、川の上・百俵館(宮城県石巻市)を見る

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「日本文学は世界文学である」

ドナルドキーンはニューヨークで源氏物語に初めて触れた青春時代からその後長岡市の名誉市民となり、東日本大震災後に日本国籍を取得、その後も一貫してキーン氏の想いはその「日本文学は世界文学である」に集約される。

川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫、司馬遼太郎、の紹介・翻訳、難しい仕事を続けてきました。

日本語の感性が翻訳で世界に伝わるのか?

 

キーンさんが英語に訳した「山本有三の戯曲:米百俵」は中米のホンジュラス等に広がり、南アジアのバングラディシュに伝わりました。

 

教育の想いは共有できたのです。

発展する過程で米百俵の精神はとても重要であるようです。

世界のいわゆる発展途上国へは伝わりました。

日本国内ではどうでしょう。

小泉元首相が全国にあらためて紹介し大きな反響を呼びました。「米百俵」

それはその後どうなったのでしょう。

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嬉しいことに「米百俵」は国内においても普遍的なものになっていたようです。

 

東日本大震災の被災地、宮城県石巻市にそれを見てゆきたいと思います。

実はその施設「川の上・百俵館」が有る場所は国の防災科学技術研究所が震災後の研究発表をした地のすぐ近くで、発表を聞きに行った私は覚えている道路近辺だったのです。

さあ、その「川の上・百俵館」を紹介しましょう。

ホームページはここですが

hyakuhyo

 その前に

開設時の記事を紹介

子供からお年寄りまで皆でワイワイお茶と会話を楽しめる「にぎやかな図書館」を石巻に作りたい!(japangiving.jp)

クラウドファンディングですが残念ながら未達成でした。がその「志」が素敵です、これが広く伝わったのでしょう。金額は至らずとももっと大きな目標を達成したものだと思います。

でも、私たちが目指しているのは、本を読んだり借りたりできるだけでなく、誰もが自由にお茶とおしゃべりを楽しみ、子どもが自由に遊びまわり、どんどんイベントが開催される…なんて、そんなちょっと変わった図書館です。

この地域には昔から「お茶っこ」という風習があり、ご近所さん同士がお茶を飲みながらおしゃべりを・・・

また、<宮城県は国内有数のお米の産地>であり、<知識・教育への投資が未来を切り拓いた>という「米百俵」の逸話にあやかって、図書館は『川の上 百俵館』と名付けられました。・・・

 

石巻に図書館とカフェ併設施設オープン(河北新報)

現地にカフェを併設した私設図書館「百俵館」をオープンした。近くには東日本大震災の仮設住宅が立ち並び、約400世帯が居住する集団移転地の造成が進む。施設は新旧住民のコミュニティー醸成の・・・

 

さあ続いてオフィシャルサイトの記述を見てゆきましょう。

百俵館は、「まちを耕し、ひとを育む」という石巻・川の上プロジェクトの理念のもと「居場所」「教育」「暮らし方」という3つの柱を打ち立て、子どもでも大人でも誰でもいつでも気軽に楽しめるコミュニティの公共の場を提供します。

 川の上・百俵館の由来と思い

 なぜこの地で百俵なのでしょう。

百俵館では、小林虎三郎が提唱する「米俵百俵の精神」に基づく地域の拠点を目指しています。戊辰戦争後、長岡藩は困窮していました。そこへ支藩の三根山藩からお見舞いとして米百俵が届きました。これを大参事であった小林虎三郎は、「食えないからこそ、学校を建てて人材を育てるのだ」という信念を貫き、皆の反対を押し切って「国漢学校」を建てました。それが長岡の復興に繋がっていったといわれています。石巻・川の上プロジェクトでは、新しい石巻、日本を生み出すべく、「川の上・百俵館」から「米俵百俵」の精神で、「人づくり」をはじめます。人づくりを通じて、東日本大震災からの力強い復興への反転攻勢を開始しなければなりません。米俵百俵は、今でこそただの百俵ですが、後年には一万俵になるか、百万俵になるか、はかりしれないものがあります。

 なんて素晴らしいことでしょう。

そして彼らは不変の精神、米百俵を東日本大震災復興の重要な支柱としたのです。

で、何よりも「米百俵」の本家本元越後長岡・長岡市に伝えることも援助ももらう事も無く自分達だけで成し遂げました。

長岡としては寂しい反面、【米百俵】が普遍の考え方に到達したことを喜ぶべきかもです。

 

 

で、その想いは伝わりました。

グッドデザイン賞2015の「復興デザイン賞」を受賞しました。

一つの答え・結果です。素晴らしい。

 

gd-kawanoe

 

デザインコンセプト : 石巻の防災集団移転地でプロセスの共有を通じた「居場所」「教育」「暮らし方」に根差す新旧住民を繋ぐ活動

デザイナー : 石巻・川の上プロジェクト 加藤聖也、勝呂祐介、川村悠可、菊地瑞広、杉山芳里、鳥海宏太、平本知樹、星島健一、三浦富雄、三浦るり、森田遼、山下匡紀

山下さんは知人です、方々で照明を担当されている・・・越後長岡の各地の照明から千代田区千鳥ヶ淵まで・・・。

フェイスブックに彼が担当した百俵館の照明写真がのせてあり、とてもいい感じでした。

 

最後に・・・震災後から長岡まつり協議会が石巻川川開きのお祭りで花火をあげているのが一つのきっかけであったのかもしれません。

そうだとしたら長岡市の関係者にとってこれほどうれしいことはないと思います。(後に別理由であることが解りそれは実に驚愕の事実なのですが追ってご紹介いたします。)

 

世界の紛争地の復興で学校建設も行われていますがはっきりと「米百俵」と名打った方が復興・まちづくり・教育のシンボルとして解り易いかもです。石巻の百俵館の存在はそのようにも感じさせてくれるとても素晴らしく素敵なものでした。

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