奥羽越列藩同盟、越だけ1県なのに同格の訳、幕末・明治の人口構成からみる

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明治維新時、戊辰戦争、新政府軍に反旗を翻したのが奥羽越列藩同盟。

旗まで作ってやる気満々。

でも最初は奥羽だけの同盟だったとも聞きました。

Wikipedia先生に聞いてみます。「奥羽越列藩同盟

奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)は、戊辰戦争中に陸奥国(奥州)、出羽国(羽州)、越後国(越州)の諸藩が、輪王寺宮・北白川宮能久親王を盟主とし、新政府の圧力に対抗するために結成された同盟である。
元々は奥羽諸藩が会津藩、庄内藩の「朝敵」赦免嘆願を目的として結んだ同盟(奥羽列藩同盟)

昔の国と現代の県との関係

陸奥国:福島県・宮城県・岩手県・青森県

出羽国:山形県・秋田県

越後国:新潟県

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 ※上記地図は地理院地図 電子国土Webを利用させていただいています。

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ということで広大な陸奥国や2県にまたがる出羽国と「後ろの越」でしかない越後が同格扱いで奥羽越列藩同盟って持ち上げられ過ぎ?

と思っていましたが、そうではなくて当時の越後の力はすごかったからのようです。

江戸末期の人口は資料を知らないので

明治初期の人口がWikipediaにありましたので書き出します。

 

1884年の人口

陸奥国

青森県範囲 : 49.3万人

岩手県範囲 : 61.5万人

宮城県範囲 : 64.4万人

福島県範囲 : 85.7万人

陸奥国計  : 260.9万人

 

出羽国

秋田県範囲 : 64.0万人

山形県範囲 : 70.5万人

出羽国計 : 134.5万人

 

越後国

新潟県範囲 : 159万人

(佐渡国含む)

ということで新潟県1県で4県分の陸奥国の人口の6割もあり、

出羽国より人口で25万人多かったのです。

 

面白いのは日本海側出羽国と越後国を足すと3県の人口は293.5万人で、太平洋側の陸奥国4県260.9万人より多かったのである。

日本海側の江戸・明治の豊かさが見えてきます。

アマゾン検索:奥羽越列藩同盟

 

人口順

また、東北の人口順をみると(現在の人口も載せてみます(2015年))

 

福島県 85.7万人 (1,925,605)

山形県 70.5万人 (1,119,547)

宮城県 64.4万人 (2,324,683)

秋田県 64.0万人 (1,023,413)

岩手県 61.5万人 (1,272,891)

青森県 49.3万人 (1,306,971)

 

参考: 新潟県 159万人 (2,295,664)

 ということであり、福島県の盟主ぶりが見えます。

山形県は宮城県より上、秋田県は宮城県と同等だったのです。

が、その後の明治政府等の政策により人口の集中が図られ宮城県仙台中心の東北になった。

震災後の人口集中でついに宮城県は新潟県をも抜きました。

本来福島県が東北NO1なのですが、こんなことになったわけです。

どういう力が働いているのか、何となく解りますよね。

自然では無いです。

 

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