人から聞いた話だけれど
今年2016年の長岡花火に今年亡くなられた冨田勲さんの娘さんが遺影を持って来られていたらしい。
ここ「冨田勲さんご冥福を祈ります。長岡花火との巨大イベント、ホルスト惑星ジュピターとか調べました」にも書いてある通り長岡花火に音楽をつけた最初の方です。
上:フェニックス花火
そして長岡の名物フェニックス花火とその歌ジュピター(組曲惑星の中の曲:木星)とおなじ組合せ、ストラビンスキーの火の鳥やホルストの惑星の演奏を得意とされていました。
外国でも行った河川敷での花火コンサート、国内では長岡が最も思い出深い土地だったようです。
長岡花火会場で、世界初のシンセとレーザー光線と花火の協演だった、とのこと。
それで長岡に来られたのだと思います。。
長岡市内の有志がもてなしたそうです。
行政はその仕組みからでしょうか時期が来れば手を離しますが、それを補う民間が有るのが長岡の強み、冨田さんの娘さんをもてなされたそうです。
有難いことです。
長岡を代表するイベントに功績を残された冨田さん、亡くなられてどこかで誰か長岡市民が祈っていたという話でもありましょうか。
花火会場の市民にこの冨田さんの事が紹介されたらよかったと思います。(されていたのかな?)
もしまだなら来年でも決して遅くないのでぜひ。