先生は偉い!内田樹先生。ニューヨーク幕藩体制で属国と言われようが慣れた身のこなしの日本藩では?

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すっかり思い込んでいたことに対して、ほかにも見方や考え方が有る事を教えてくれ、眼から鱗が何枚もとれた経験を多くの人に与え続けた内田樹師匠。

自分の陥った一方的な考えでは物事は良く見えない。もっと多角に見ないといけない事を学び、

語られて当然なものが語られていない時、それが何故なのか十分に考えないといけない事も学びました。

 

多くの人がそうであるように、ここ数年の内田先生がおかしいのではないかと、その政治活動と今まで書いてきたことの乖離というか。

ということから、また新しい学びを内田先生から受けているところです。

 

「先生は偉い」のです。

 

 

2017年5月3日に投稿されたブログ「神奈川新聞のインタビュー

これを読んで、2つの事が良く解りました。

いままで、何がおかしいのかなあ?と解らなかったのですが。

書かれていて良い事、むしろ書いてなければおかしいことが書かれていません。

 

1、北朝鮮が挑発している事。(核開発・実験、ミサイル発射の現実すら触れない。)

2、世界平和の実態、理想の形態。

 

この二つに触れないで東アジアの緊張と米国の属国を語るのですからすごい、

 

このブログに書かれていることは

日本は米国の属国であり北朝鮮を挑発している米国をただ追随しているだけである。日本社会はこれから撤退戦を余儀なくされ大変なことになる。安倍政権は最悪な政権であり、何とかしなくてはならない。

というような事です。

いくつか引用させてもらい、内田先生なら知っているのに書いてない事を少し。

1、米国の属国

日本はアメリカの属国であり、国家主権を損なわれているが、その事実を他国による強制ではなく、「おのれの意思に基づく主体的な決断」であるかのように思いなすことでみずからを「真の属国」という地位に釘付けにしている。

※日本の歴史からみても属国化は日本得意の和平方法かも? 日本は江戸時代を通じて各藩は徳川家・江戸幕府の支配下にあり、災害で傷んだ城の石垣の修繕すら許可を得ないとできなかった。(たしか福島正則はそれで改易)徳川から嫁ももらいとにかく機嫌を伺い従順にすごした。そうやって忍耐して時が来て明治維新で逆転したわけで、安倍首相ほか戦後の首相も長州人が多く、平和の為なら属国くらいのこと「当たり前」なのではないかと。国連本部が依然としてニューヨークにあるわけで、日本藩としてはニューヨーク幕府(ワシントンは駿府)の僕であるのは当然。

 

2、北朝鮮の挑発は一言も触れない

北朝鮮を巡る情勢が緊迫している。米国が北朝鮮に対し先制攻撃した場合、日本国内にミサイルが飛来して国民が死傷するリスクはある。だが、これを「アメリカがする戦争になぜ日本が巻き込まれなければならないのか」と憤る声はほとんど聞かれない。

※日本近海にミサイルを撃ち込んでいるのはどこ? アメリカの攻撃も何も既に北朝鮮のミサイルは日本海の日本近海に打ち込まれているのですが・・・。核爆弾製造と化学兵器も実際に使われているようなのですが(金正男殺害疑惑)。アメリカ本土にまで打ち込める兵器が出来たとか言われて黙っていられる大統領が居たらその方が怖い。

 

3、日本の撤退戦

 

日本ははっきり末期的局面にある。これから急激な人口減を迎え、生産年齢人口が激減し、経済活動は活気を失い、国際社会におけるプレゼンスも衰える。日本はこれから長期にわたる「後退戦」を戦わなければならない。
後退戦の要諦は、ひとりも脱落させず、仲間を守り、手持ちの有限の資源をできるだけ温存して、次世代に手渡すことにある。

※新しい人口構成形態をただ「末期的」とか「経済活動は活気を失い」とか「後退戦」とか不安を与えることしか語っていない。さらに仲間を守り、手持ちの有限の資源をできるだけ温存してとか、不安を煽りその上「守れ・温存」とか太平洋戦争前の日本と同じなんですが…

 

4、安倍政権について

自民党改憲草案は近代市民社会原理を全否定し、剥き出しの独裁政権を志向する病的な政治文書だが、それが全篇を通じて「決してアメリカを怒らせないような仕方で対米屈辱感を解消する」というねじれた政治目標に奉仕しているのだと思えば、理解できないことはない。

※「自民党改憲草案は近代市民社会原理を全否定し」、この手の書き方ってまだやっているのかよという感じ、だから政治の進歩に全く寄与しないんですよね、極左翼政党は。戦後政治はほぼ自民党がやってきて、長い平和と自由社会が続いているのは現実なんですがそのへんの分析・評価ってあまり聞かないような気もします。

 

社民党が民主党が政権をとった時に一緒にやろうと誘われ最初は与党でいましたが、確か入閣してとか言う話になって離脱したような覚え。

責任を担って1つの政策を実現するよりも専門職「とにかく反対」の為にせっかくのチャンスを逃した。

つまり実際に身を削り世のためになるより、実現不可能のしかも過去の時代の理想を掲げ政府にとにかく反対するという楽なポジションを選んだ。その結果指示をどんどん失い、今や党の存亡も危ぶまれているようです。

内田先生はその選択をした当時の党首と親しく気が合うようですが、あの数々の名著の姿勢とかなりかけ離れているような気もします。

きっとそれこそ、先生の教えなのだと思います。

やはり先生はえらい

 

 

 

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