小千谷照専寺ほかで開催されるいな祭り「ひいな祭り」
江戸末~明治後期、江戸等への小千谷縮みの販売の帰りにお土産で薄くて軽く荷物にならない絵紙(浮世絵)を買って帰った。
小千谷港や魚沼街道が元気だったころ(小千谷が魚沼の中心、中越でも大きな役割だった全盛期)だと思います。
…その後鉄道は小千谷を通らずに塚山で北に折れて長岡の方に行ってしまい、交通の中心地だった小千谷は新時代の鉄道を失い(鉄道敷設反対も有ったとかの話もあり、水運で潤っていた町では新しい交通手段転換は難しいですね)、さらに洋服化で着物の小千谷縮は縮小してゆくはでかつての繁栄は失われます、でも裕福な時代の文化はこの「ひいな祭り」に華やかに残っています。
※下の写真は町の中にある幟、これの出ている店舗内で絵紙が展示されて所だと思います。
これはもう日本有数の大絵紙(浮世絵)コレクション。
おひな祭りに併せて鑑賞という文化。
照専寺でひな祭りの前2週間くらいの間公開されます。
照専寺地図 https://goo.gl/maps/y7eP5HGSdnx
※下の写真はお雛様の背後を飾る絵紙です。
東京では中央大学多摩キャンパスで展示されることがあるようです。
小千谷の絵紙の復活は中央大学鈴木俊幸教授の研究に追うところが大きく、その関係で展示されるようです。
※浮世絵に囲まれたお雛様とお雛様に守られてきた浮世絵と(鈴木 俊幸/中央大学文学部教授:読売新聞)
この取材で、小千谷港~魚沼街道(別に片貝ルート含む)~柏崎市北条及び毛利氏・軽井川製鉄のラインを網羅、自前の写真が揃いました。
※フラッシュ無しでのカメラ撮影可能。ネット公開も許可いただいています。 宣伝してねとも言われました^^
もっと観光開発可能では?
紹介した絵紙の照専寺和順会館の有る通りには徒歩5分以内に
実はこの地は信濃川の小千谷港の窪地(このため信濃川小千谷港が出来たのだと思う)から延びた谷間の奥地から河岸段丘に上がってすぐの場所。
その段丘を下れば直ぐに東忠(割烹:河井継之助も北越雪譜の鈴木牧之も利用)と代官所跡地、小千谷港跡地、五智院(日本初の小千谷小学校発祥の地)があります。
片貝といい小千谷といい、何という教育熱心な土地。
米百俵で長岡藩が有名で、司馬遼太郎も江戸と比べ長岡藩の教育熱心さを特別な思いで見ていましたが、実は中越地域・越後全体の教育熱が異常に高かったようです。
米百俵が解りやすかっただけ。(一番大事な事ですが)
戯曲にした山本有三、英語に翻訳したドナルドキーン、所信?で話した小泉純一郎のおかげです^^
※第百五十一回国会における 小泉内閣総理大臣所信表明演説 平成十三年五月七日