米百俵の精神が息づく場所、全国を探しました。少しずつ形を変えて生きています。

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 米百俵に触れられる場所をチェックです。

 構成は

  1. 長岡市内・新潟県内の米百俵とその関連情報
  2. 全国の米百俵活動
  3. 山本有三関連
  4. このサイトの米百俵関連

komekome

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1、長岡市内の米百俵

 

長岡近辺は既にとても良いサイトが有ります。

 

米百俵で未来を創った男-小林虎三郎

このサイトで長岡市内の米百俵関連は全てわかります。

史跡めぐりページも充実しています。

その学校を、かつての藩校・崇徳館のような藩士の子弟だけの学校ではなく、農民や町民の子弟も入学できるように、広く開かれたものにするのには、大きな資金が必要でした。

 

米百俵まつり

 戊辰戦争長岡城奪還時の長岡藩隊編成を忠実に再現した市民約500人が、市内各地から大手通りへ向けて行進・集結しパフォーマンスを行います。また、華やかな牧野家参勤交代や殿様や姫、奴さん、そして長岡の風土「米百俵の精神」が生んだ郷土の先人も登場します。

 

長岡大学米百俵奨学金

この「何事も基本は人。人づくりこそすべての根幹である。」という考えをもとに、長岡大学では、地域の明日を自らの手で築こうとする志の高い方が、経済的理由で大学進学の道が困難とならないように「長岡大学米百俵奨学金」を用意して長岡大学での修学を支援します。

 

 小泉首相の所信表明演説(米百俵の引用)( “慈眼寺のホームページ”管理人のひとりごと”)

 演説の米百俵部分の紹介と、「ちょっと違う「米百俵の精神」

これが誤解され、政治家には「国民に我慢を強いること」のように取られているむきがある。長岡藩は三根山藩から藩士にきた米を、彼らの既得権を放棄してまで、明日の繁栄のために教育資金に廻したのである。領民に痛みを求めてはいない、むしろ設立した国漢学校では今まで藩士の子弟だけだった教育の機会を、町民、農民にも門戸を開放した。

 

 米百俵の三根山藩(滝沢農園)

旧巻町峰岡の国道460号線沿いの峰岡郵便局から新潟カントリー倶楽部方向へ
500m程のところに三根山藩址があります。

この舟戸橋の脇には当時、舟付場があり、近くには蔵屋敷があったそうです。
「米百俵」もここから積み出され、矢川・西川・信濃川を経由し、長岡に運搬されたという事です。

 

   三根山藩(wikipedia)

 

2、全国の米百俵活動

任意団体 石巻・川の上プロジェクト:宮城県石巻市

 百俵館は、「まちを耕し、ひとを育む」という石巻・川の上プロジェクトの理念のもと「居場所」「教育」「暮らし方」という3つの柱を打ち立て、子どもでも大人でも誰でもいつでも気軽に楽しめるコミュニティの公共の場を提供します。

 

特定非営利活動法人米百俵スクールプロジェクト:東京都港区

本プロジェクトは新潟県立長岡高等学校の昭和44年卒業生の有志によって設立され、2001年11月9日に特定非営利活動法人として東京都より認証を受けたボランティア団体です。

 

日向時間舎 高千穂(上川登集落)、お米100俵の季節です!(宮崎県高千穂町のこの精神もきっと米百俵ですね)

 ぼくらは、その作物が育まれる郷土環境を守りたいと思っています。そして、そこで働く農家さん達を支え、おいしい作物をまた食べたいと願っています。そしてその為に、お金を払っているんだなと、、、

 

 3、山本有三関連

戯曲の作者山本有三の2つの記念館(東京都三鷹市山本有三記念館・栃木県栃木市「山本有三ふるさと記念館」)のHPには米百俵関係は見当たりませんでした。

 

 『米百俵』山本有三(付:後日談)(銀嶺庵)

小林虎三郎を紹介した小文を読むと、彼、山本有三なりに戦意高揚のつもりで書かれ た節が明白だからだ。
 ただ、当時の戦況下では、この程度の人間賛歌でも、個々の人間を称揚し過ぎると いうことで、反戦戯曲扱いをされたのである。そんな単純な話ではないのだ。

 

4、このサイトの米百俵関連

 

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